人は産まれてから死ぬまでいくつもの選択をして生きていきます。
赤ちゃんの頃は 母乳orミルク、
うつぶせ寝orあおむけ寝
1歳になると離乳食作るor買う
学校に行きだすと、部活するorしない、塾は?
大学行くor 行かない、就職内定のうちどっちに行く? 等々・・・
選択で大事なこと
物心つかないうちは、その選択は親がすることになります。
しかし、ある程度判断できるようになったら、その選択は自分ですべきです。
決断を自分でしないで、親や第三者に頼ったりすると、後で何かつらいことや
苦しいことがあった時に、「誰かのせい」にしてしまうからです。
そうなった場合には、自分で選択した場合よりも、ずっと長い間マイナスの感情は残ってしまいます。
自分で選択した場合は、自分が決断したこととあきらめもつきます。また自分の選んだ道をポジティブに考えられるのではないでしょうか。
たとえ、その選んだ道が違っていたとしても、違った先にはまた新しい枝分かれができ、また新しい選択が待っているのです。
人生には2つの選択
デンマークの哲学者キルケゴール曰く、人生には、「美的選択」と「倫理的選択」の
2つがあるといいます。
美的選択とは、享楽的に人生を過ごすという、楽に流されていこうよ的な感じ。
倫理的選択とは、悩みながら切り開いていくという、苦しい道を選ぶ感じ。
彼の著書に『あれか、これか』がありますが、苦しい道、つまり倫理的選択を選んだ方が、納得のいくものになり、やれるだけのことはやったという満足感も得られるということになります。
人生を主体的に選んだことにより、より充実したものになるという理由で、
彼が自分で人生を切り開くという実存主義の先駆者とされています。
人生最期の選択
人生最期の選択は、どこで死ぬかということになります。
私は介護の仕事をしているせいか、よく人生最期はどこで迎えたいかということを
よく考えます。
厚労省による「死亡場所別の死亡者数」の資料によると、2030年には約160万人の方が亡くなるとのことです。
その場所の内訳は、
病院関係が89万人、介護施設・高齢者住宅が56万人、自宅が20万人と推計されている
そうです。
自分は自宅で最期を迎えたいと思っていても、その時の状態により、異なってきます。
認知症になっているか、病気の末期であるか、老衰になるか。
状態を正しく把握し、最後の大切な時間をどこでどう過ごしていくのか、
家族も含めて日頃から話し合っていくのが大事なのかなと思います。